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大阪高等裁判所 昭和40年(う)210号 判決 1965年10月30日

控訴人 被告人 岡田明

検察官 町四郎

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金二、〇〇〇円に処する。

右罰金を完納することができないときは金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

原審における訴訟費用中、証人田中定雄、池永盟に支給した分は被告人の負担とする。

被告人が昭和三七年二月一一日午後二時三〇分頃神戸市須磨区若宮町一丁目一番地付近道路において兵庫県公安委員会から有効な眼鏡を使用して運転すべき条件を付されているのに有効な眼鏡を使用しないで普通乗用自動車を運転したとの点については、被告人は無罪。

理由

本件控訴の趣意は弁護人草信英明作成の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用する。

控訴趣意一の(1) について。

所論は、原判示第一の事実につき有効な眼鏡を使用すべき条件は昭和三五年一二月二〇日施行の道路交通法令によれば被告人の近視程度では眼鏡使用不要と緩和されたのであるから、被告人の運転免許証に有効な眼鏡を使用すべき条件が付されていても、新法施行後は右条件は効力を失い、従つて被告人の新法下における原判示所為は罪とならないのにかかわらず、原判決は右条件は当該行政庁により解除せられるまでは有効な条件と解するのが相当であるとしてこれを有罪と認定したのは、法令の解釈適用を誤つた違法があるというにある。

よつて調査するに、犯罪事実現認報告書、自動車運転免許証および被告人の原審公判廷における供述によると、被告人は昭和二三年一二月二七日兵庫県公安委員会より小型第二種自動車運転免許を受け、その際「運転中は有効な眼鏡を使用すること」を免許の条件として右免許証に記載されたが、昭和三七年五月一七日右条件が解除されたこと、および被告人が原判示第一事実の日時場所において右条件の眼鏡を使用しないで普通乗用自動車を運転したことが認められる。

そして被告人が右免許を受けた当時においては道路交通取締令四二条、昭和二三年兵庫県公安委員会告示第二号兵庫県自動車運転免許証取扱規程三条二号、昭和三〇年兵庫県公安委員会規則三四号兵庫県道路交通取締規則二二条一項二号により、自動車の運転について必要な適性検査における視力は、五メートルの距離において左右いずれも万国式試視力表の第七段以上(〇・七以上)を識別する視力(矯正視力を含む。)を有することを要するものであつたところ、昭和三五年一二月二〇日道路交通法が施行せられ、同法施行規則二三条により、右視力は、万国式試視力表により検査した視力で、矯正視力を含み、両眼で〇・八以上、かつ一眼でそれぞれ〇・五以上であることを要することに改正せられたのであるが、原審証人飯尾要二の証言(一、二回)兵庫県警察本部交通部交通第二課長作成の検察官宛報告書および被告人の原審公判廷における供述を総合すると、被告人は右免許証をうける当時、裸眼による視力は確認することができないが、眼鏡による矯正視力は前記基準に達していたため免許に右条件を付されたが、昭和三七年五月一七日眼鏡による矯正なくして右改正による視力合格基準に達するものとして免許証に「右条件を解除する」との記載をうけたことが認められるから、反証のない限りそれより僅か三カ月程前の本件自動車運転時には、被告人は眼鏡による矯正なくして右改正による基準に達していたものと推測できる。

ところで道路交通法附則四条によると、「前条第一項又は第二項の場合において、旧令の規定により公安委員会が運転免許についてした自動車の種類その他の限定又は運転免許若しくは運転許可について付した条件で現にその効力を有するものは、それぞれ新法の相当規定により公安委員会が当該免許について付した条件とみなす。」と規定してあり、原判決は「被告人の自動車運転免許に付された条件は当該行政庁により解除せられるまでは有効な条件であると解するのが相当」であるとし、右「条件」は、「現にその効力を有するもの」として、右附則に該当すると判断した。しかしいわゆる自動車の運転免許は、元来は何人も自由になしうべき事項であつて、行政上の目的から法令により一般的に禁止しているのを、特定の場合に解除し、本来の自由を回復せしめる警察命令(許可)であり、右免許に当つて付される「条件」は右行政行為の附款である。そして公安委員会が道路における危険を防止し、その他交通の安全を図るため必要があると認めるときは、必要な限度において、免許をうける者の身体の状態又は運転の技能に応じ、その者が運転することができる自動車等の種類を限定し、その他自動車等を運転するについて必要な条件を付することができるのである。(道路交通取締法施行令五五条、道路交通法九一条)から右附款はできるたけ厳格に解釈されなくてはならぬのである。従つて運転に必要な適性についての合格基準が前示のとおり改正された以上、改正法令の下では被告人の視力は適性であるから、これになお「運転中有効な眼鏡をかけること」を求めるのは無意味に帰し、かかる行政行為の附款は右にいわゆる「必要な限度」を超えて国民の自由を束縛することになるから、右「条件」解除の手続がとられると否とにかかわらず、右附款は右改正法の施行と同時に当然その効力を失い、右免許はなんら附款を伴わない単純な許可になつたものと解するのが相当である。

すると、被告人が前記日時場所で、有効な眼鏡をかけないで前記自動車を運転したことは、なんらの刑罰法令にも該当しないことが明白である。しかるに原判決が右「条件」を前記のとおり解釈し、被告人の右所為に道路交通法九一条、一一九条一項一五号を適用処断したことは、法令の適用を誤つたものであり、その誤が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、控訴趣意一の(2) (3) の緊急避難の所論につき判断するまでもなく、原判決はこの点において失当であるから破棄を免れず、論旨は理由がある。

同二について。

所論は、原判示第二事実につき、原判決は、被告人の運転する乗用車が対向車に衝突して約二万円相当の損害を与えた旨認定したが、被告人の運転する自動車が停止しているとき対向車が衝突したのであり、損害額も二、八〇〇円であるから、原判決は事実を誤認しているというにある。

しかし原判決挙示の関係証拠によると、原判示第二事実は損害額の点を除き十分に認められる。原判決は右損害額を約二万円と認定したが、右事実を認める確証なく、却つて原審証人柴田亥和夫の証言および同証人作成の見積書によると右損害は所論の額であることが認められ、原判決はこの点において事実を誤認している。しかし右損害額は本件事犯の犯罪構成要件事実ではなく、またこの程度の誤認は情状にもさしたる径庭なく、判決に影響を及ぼすものでないことが明らかであるから、論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法三九七条一項三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書によりつぎのとおり判決する。

原判決が確定した原判示第二事実に道路交通法七〇条一一九条一項九号を適用し、所定刑中罰金刑を選択し、その範囲内で被告人を主文二項の刑に処し、刑法一八条により右罰金不完納の場合における換刑処分を主文三項のとおり定め、刑事訴訟法一八一条一項本文により原審における訴訟費用の負担につき主文四項のとおり被告人に負担させる。

本件公訴事実中、被告人が昭和三七年二月一一日午後二時三〇分頃神戸市須磨区若宮町一丁目一番地付近道路において兵庫県公安委員会から有効な眼鏡を使用して運転すべき条件を付されているのに有効な眼鏡を使用しないで普通乗用自動車兵五な八二八六号を運転したものであるとの事実は、罪とならないから、刑事訴訟法三三六条により無罪の言渡をする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山田近之助 裁判官 藤原啓一郎 裁判官 瓦谷末雄)

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